PRODUCTION NOTES

自然と人間の関係を見つめる旅。

10年来の思い、構想8年の猟師の物語。
初長編「すみれ人形」の公開が一段落して数日後、本作が金子の中に芽生えた。

10代終わりに映画制作を始めたとき、またそれ以来ずっと被写体として自分が最も心惹かれる「自然と(その中にいる)人間」そのものを映した長編を作ろうと考えた。それは、大きすぎるテーマと、撮影にふさわしいロケーション探しという具体をひとつに収斂させていく作業の始まりだった。脚本やプロットを書きながら、ロケ地を探しはじめ、自然の中で柔軟に撮影できる技術や経験値を高めるために自然を舞台にした短編映画を撮り続けた。短編は2008年から13年までの間に6本になっていった。 そんな中、別作品のロケハンで訪れた群馬県の山深い集落で鹿猟を目にした途端に本格始動となった。日本で古くから「神」ないし「神の使い」と言われることの多い白鹿をめぐる人間たちのドラマにしたい。美しく、しかし弱く儚げでもある白鹿。誰かにとっては大切なものであり、誰かにとってはただの弱々しい動物であり、また誰かにとってはイレギュラーで不気味で不要な生きもの。その白鹿の存在から、「アルビノの木」というタイトルがいち早く浮かんだ。

近代化以降の日本社会の問題。

数年にわたる構想やロケハンで金子はこれまで知らなかった猟師や山についての知識を増やしていくと同時に、目指している方向性に懐疑的な眼差しを向けるようになったという。現実は甘くない。数が増え過ぎた鹿が食糧を求め田畑を荒らし、また山の草木を食べ枯らして時に山崩れの原因を作りだす「害獣」として、深刻な問題と見做されている。猟師が少なくなった現代、食料としての需要が少ない鹿はますます増え、自治体では農作物の食害を防ぐため、害獣駆除猟を行っている。 見えてくるのは、生きるために食べる動物たちと、動物を殺さないと生きていけない現代社会に生きる私たち、という両者の切実な姿だ。さらに調べると鹿は明らかな増殖傾向にあった、戦後の植林政策で森林生態系を大きく変えたことや、日本人の衣食住の変化で(獣肉・毛皮等の不要)猟圧が減ったことに端を発しているらしい。この問題は戦後、引いては近代化以降の日本社会のいろいろな問題の縮図でもあった。

取材とロケハンと撮影と。

2013年春から14年春にかけて、撮影稿へと至るシナリオを執筆。狩猟免許を取得して現代の猟について学び、東北のマタギの里を訪れて古くからの猟師を調べ、ディティールを埋めていく。延べ1万キロにおよぶロケ地探しも続けている。硫黄の鉱石採掘と製煉でかつては栄えいまでは風化してしまった小串鉱山跡を見た、その自然と一体化してしまったかのような様。13年夏、同地まで車で一時間程度で行ける町・長野県須坂市の商工会議所の人と知り合った。市をあげての全面協力となっていった。須高猟友会の監修で2014年晩夏クランクイン。山を深く知り愛情も強いと同時に、生活を守り生きていくために他の生き物を殺さなければならないという事を痛いほど理解している地元の人たちの協力で撮影は進んでいった。2015年12月クランクアップ。

映画『アルビノの木』撮影日誌

ロケーションマップ

本作の舞台である実在しない「依木山」は、それぞれがところによっては400キロ以上離れて点在するロケ地によって構成されている。それは、金子が目にした日本各地の絶景の集合体でもある。 霧に包まれた2000メートル近い高地にあり、かつては1500人の人が住んでいた小串鉱山跡(群馬県嬬恋村)。鉄分が川底を赤く染め、その鉄性の高さゆえに一切生物が棲まず、驚くほど透明で美しい水が赤い川の姿となって流れる滑川大滝の渓流(山形県米沢市)。日本一平均年齢が高い群馬県南牧村の中でも、最も奥地にひっそりとある熊倉集落、などなど。 また、市をあげての撮影協力となった長野県須坂市では、病院、役場、農地、農家、森林など本作の重要なパートに加えて、山奥にある撮影へ行くための宿泊拠点でもあった。本作の6割が須坂市で撮影されている。